2005年12月06日

「BLACK CAT#6 狙われる猫」

一話視聴抜けたので、わけがわかりません。
かといって、#5を見たからわかったとも思えませんが。
トレインはタイトル通り狙われまくりでした。かつてなく近藤さんがしゃべっていた!
スヴェンが引っ込んでたからだと思いますが、そうなると必然的にイヴの出番までが減るという仕組みです…嗚呼。

いきなりセフィリアにクロノスに残るか死か、選択を迫られてました。
どっちもごめんだ、と組織を抜ける気のトレイン。
「正義のために人を殺してもいいのか?」
それをやって生きてきたのはトレインですが、たった一話でそれを受け入れ、自分自身を変えるほどのイベントが起きたんでしょーか。起きてないんでしょうけどね。
そう言えるようになるまでの葛藤が前進する力に変換されて、組織を抜けるっていう行動に結びつくのがカッコよろしいんだと思いますが。
「独善的だ」とセフィリアに責められても、弁解しようがないっつーか。

逃走中にサヤとかけっこさせるセンスが理解できない…なんで??
63回追い越した、とか、一体何キロかけっこしてたんでしょう。
ひとっ走りした後のミルクはまた格別って、トレインに牛乳を買い与えるサヤ。
前から思ってたんですけどね、男って、牛乳飲むと腸の具合壊すやついるよね。トレインは平気なのか。
牛乳のお礼に、港のカーニバルの花火観賞に付き合うことを強制し、ラムネをオゴれとまでいう女に、言いくるめられるトレイン。
なのに、しっかりサヤから「友人」宣言されてるのは、ちょっとかわいそうかと。
クリードの「トレインは確かに惑わされている。サヤという魔女に」ってセリフに共感を覚えざるをえないのが、イタイところです。

イブは、「百一匹象さん大暴走」っていう本を読んでいたようです…

カーニバルの花火の前振りが「かけっこ→牛乳おごる」だったのがいたたまれません。
そこで、サヤはクリードに葬られるんですけども。
原作知ってる人間限定で視聴を求められているような気しかしません。
原作ではしょった部分を、詳しく書き込んでこそ、連載終了後に製作されるアニメに価値があると思うんですけど。
原作で回想として切り取ったような描き方しかされてなかったのと同じ、ピンポイント描写とでもいおうか…
そんなにはしょんなくてもいいじゃん。もうちょっと、じっくり演出しようよー。

近藤さんは、普通のテンションの演技はもうちょっと精進していただきたい…
サヤを送るところとか、感情が入ると艶がのって良いんですけど。
がんばってほしいです。

黒猫の視聴もここまでか…
せめて、はっきりトレインとサヤの間に(イタくても)立派な恋愛関係が成立していれば…両思いの一歩手前でもいいんだけど、そこでクリードみたいなイカレたお兄さんに命を絶たれたとなれば、切ない感じのドラマになるんだけど。
感想書くのはこれが最後だと思います。書いてて楽しくないから、読んでる人もたぶん楽しくはないでしょうし。

お疲れ様です。


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posted by 百武 晶 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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