2006年03月02日

SEED-D SS「シンクロニシティー」

タイトルのごとく、ちょっと不思議な話。

文章の無断転載複写等は厳禁です。





 たとえば、こんな出会いでなかったら、もっとうまく思いを伝え合えたのだろうか。
 たとえば、こんな出会いでなければ、お互いにこんな感情を芽生えさせることもなかったのだろうか。


 車窓を景色が流れて行く。
 四角に切り取られた景色は見る見るうちに様変わりをした。高層ビル群は次第に遠ざかり、代わって緑が目立ち始める。列車は郊外へ向け走っていた。
 空席の多い平日の午後の車両に一組の兄妹姿が見られた。窓辺に立って風景を眺めているのが兄のシン・アスカ。そのすぐ傍の座席に座っているのが妹のマユ・アスカだった。
 放課後の時間を利用して、海辺の公園へ足を伸ばそうというのだ。戦争犠牲者の慰霊碑に祈りを捧げに行くのだ。
 C.E73。戦争終結から二年の時が経っていた。シンもこの九月で十六歳になり、戦争の記憶も徐々に薄れ始めていた。オノゴロ沖の戦いで多数の軍人たちが犠牲になったが、オーブの民間人は政府によって護られ、早めの非難と戦略が功を奏して目立った犠牲は出さなかった。
 政府は国を、国民を護ったのだ。
 先頃、ユニウスセブン落下に伴い、条約が破られ、再び連合とプラントの間で戦争が始まってしまったが、オーブ国民の多くは特に心配はしていなかった。
 きっとまた、今度も国が護ってくれるだろう。シン自身もまた、その程度にしか思っていなかった。
 シンは明けのカラスのような漆黒の髪と、鮮血のような赤い瞳を持っていた。髪のほうはともかく、自然界に存在しない色彩である赤い瞳は人目を引き、彼の柔和な内面を無視して、在る時は気味悪がられ、在る時は怖がられた。
 遺伝子操作によって作り出された赤い瞳は、コーディネイターである証となり、中立とはいっても人口はコーディーネイターよりナチュラルが圧倒的に多いこの国では、いじめの対象になりやすかった。所詮はナチュラルの治める、ナチュラル中心の国なのだ。コーディネイターと名乗って良いことは毛筋ほどもなかった。
 それをシンは笑顔と人当たりの良さで揉め事なく乗り切ってきた。話せばわかってもらえるのだ、シンは特にこの髪と目のカラーリングについて恨んだことはなかった。両親によると、突然変異であって、予定にはなかった結果だったようだ。赤い目に調整はしなかったのだという。
「おにいちゃん、お花、ほんとに向こうでも売ってるの?」
「そりゃあ、売ってるさ。慰霊碑の近くなんだから。格好の売り場所だろ?」
 亜麻色の髪を午後の陽光に染めながら尋ねた妹に、シンはにこっと笑って答える。作り笑顔を瞬間的に浮かべてしまうのは処世術からくる半ばクセのようなものだった。
 ふーん、マユは携帯端末の画面に夢中な兄を面白くなさそうに見ていった。十三歳という年ごろでいえば、兄と出かけるより友達を優先させても良さそうなのに、彼女はまだシンにべったりで何処へ行くにも後をついて回りたがった。お兄ちゃんに変な虫がつかないように見守るのがマユの使命なの、などといって。実際シンは少しぼーっとしたところがあって、一人にすると危なっかしいと妹に思われているのかも知れなかった。
「おにーちゃん。こんな時までゲームするのやめなよぉ」
 マユがヒマじゃない、と不満たらたらの妹が、シンのジャケットの右袖を引っぱった。
 いつしか車窓を眺めるのにも飽きて、携帯ゲームに熱中していたシンは、
「マユだって、さっきまでメールしてたじゃん」
 と反論した。
「だって、お友達からきたんだもん。しょうがないじゃない。スグ返さなきゃ、友情を疑われちゃうもの」
「なんだよ、それ」
「返信するまでの時間の短さが、友情に深さの表れなの! おにいちゃん、知らないの?」
「知らないよ。オレ、あんまりメールってきても返さないし…」
「信じらんない!」
「あと三回戦ったら、レベルが上がるんだよ。どんなスキルが増えるか楽しみにしてたんだ、いいだろ、あとちょっと」
 最近プラントで流行しているという育成型RPGのプログラムをやっとのことで手に入れたシンは、このところそれにかまけているのだった。プラントとオーブに文化的交流はない。プラントのコーディネイターが作るゲームは、やはり独特で、難解かつ高度だった。オーブ製のどのゲームよりやり甲斐があった。
「おにーちゃん、もう十六歳でしょ。ゲームは卒業しなさい!」
 マユは座席から立ち上がると、シンから携帯端末を取り上げてゲームアプリケーションを強制終了させてしまった。
「ちぇー、マユのケチ! 母さんだってそんなこと言わないよ」
 マユが差し出した携帯を渋々受け取りながらぼやく。
「いいの! マユはお兄ちゃんに甘甘だから、マユが代わって教育します!」
「仲魔が進化するとこ見たかったのに…」
 シンは窓際から離れ、マユの隣りに腰を下ろした。
 車窓には四角に切り取られた海が見えていた。

 駅前の花屋で花束を買った兄妹は、慰霊碑のある公園までの道のりを並んで歩いた。マユの手に下げた花束から花が抜け落ちないように、気を配りつつ、十五分ほどの距離をいく。
 そこに戦争の傷跡は見当たらなかった。
 酷く蹂躙された土地とは思えないほど、美しく整備され、鎮魂の為の公園に新生されていた。花畑に囲まれて建立された慰霊碑に花を添え、刻まれた碑文を読み上げ、手を合わせて犠牲者の冥福を祈る。妹は何もかもを兄に倣って同じようにした。
 慰霊碑には今でも多くの来訪者があり、花束が途切れることはないようだった。
 丘に作られた公園のすぐそこは切り立った崖になっており、スロープを伝って砂浜に降りられるようになっていた。
 兄妹は海の見える場所までやって来て、設えられたベンチに仲良く並んで座り、太陽が地平線に溶ける瞬間でも見ようと、取りとめのない話にいそしんだ。
 突然、マユが話の内容とは関係なく、慰霊碑の方を見て小さな声を上げた。
「あ」
「? どうしたんだよ、マユ?」
「お兄ちゃん、あの人見て。すっごい美形だよ」
 マユが指さした先に見えた麗人の姿に、シンの視線は釘付けになった。長い金色の髪を海風になびかせている。寒い日の晴れた空のように澄んだ青い瞳。細面の整った顔。神妙な面持ちで慰霊碑の前に佇む姿のなんと美しいことだろう。
「あれ…軍服だよね? オーブのじゃないし…もしかして」
「うん…、ザフトの軍人だ」
 ぼーっと夢見心地でシンはつぶやいた。
 彼の佳人は真紅の軍服を身に纏っていた。長い裾が風に煽られて跳ねている。右手で髪を抑えながら、慰霊碑に一輪の花を捧げた。
「ザフトってことは、プラントの人ってことだよね」
「………」
「マユやお兄ちゃんと同じコーディネイターなんだ、あの人も」
「…………」
「お兄ちゃんと同世代くらいかな…って、おにーちゃん、マユの話聞いてる?」
 佳人に見とれるシンの耳を引っ張って、マユが不満を鳴らしたとき、ふと慰霊碑の前に立った佳人がこちらを見た。
 目が合った、とシンは思った。
 一瞬、一秒、もしかしたら数分、シンは彼の人と見つめ合った気がした。
「きれーな人。王子だ、王子っ」
 マユが弾んだ声でいう。
「えっ、女の子じゃないの? 髪長いし…」
「おにーちゃんてば…髪が長いとすぐ女の子だと思って。おバカなんだから。今どき男の子だって髪くらい伸ばすよ」
「お兄ちゃんに向かってバカってゆーな!」
「見とれちゃってるくせにぃ。ぼーっとしすぎー」
「だって、キレイだから…」
「そんなに気になるなら、声かけちゃえば?」
 妹に背を押され、シンは足を縺れさせながら、慰霊碑の前まで走った。
 金髪の麗人は、警戒した様子ではなかったが、驚いたようにシンを凝視した。
「あ、あの…ザフトの軍人さんですか?」
「ああ…そうだ」
 さわやかな風が吹いたような低いけれど軽やかな声だった。赤い軍服を見事なまでに着こなした痩身をシンの方に向け、彼は答えた。背がもっと高いかと思ったが、シンとそう変わらない。頭身が高いのだ。つまり、顔が小さい。
 落ちかけた日の光が二人を照らす。
「…オノゴロ沖の戦いで犠牲になった者の慰霊碑は、ここで良かったのだろうか」
 麗人に尋ねられ、シンは舞い上がった。
「は、はい! そうです!」
 緊張で返答に力が入ってしまった。くすくすと、麗人の方はおかしそうに笑った。その微笑した顔にシンはまた見とれてしまう。
 綺麗な人だな、と。
「ちょうど、ザフトの艦がここに寄港したので…是非寄っておきたかった場所だったから…」
「どうしてですか?」
「さあ、どうしてかな…よく俺にもわからない」
 麗人は微苦笑した。
 なんとかそこに繋ぎ止めておきたい気持ちは重々あったが、会話もそれ以上続かず、時間があるからと麗人は去ってしまった。
 名前を告げ合うこともせずに別れたことを、シンは激しく後悔した。

 帰途につき、我が家に帰って夕飯の時間になっても、シンの頭の中はあの慰霊碑の前であった麗人のことで九割方占められていた。
 箸で口にはこんだおかずを咀嚼するのを忘れて、どこか遠くを見つめている息子を前に母が心配を口にした。事のあらましをマユが説明すると、まぁ、と声を上げた。
「遠出なんかして、シンちゃんは年の割にかわいくってぼーっとしてるところがあるから、悪い大人にさらわれちゃうわよ」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはマユと二人になるととっても強くなるの。偉そうに『オレ』ってゆーの」
「あらそうなの? シンちゃん、食べながら夢見ないの!!」
 技術者の父は夜勤でいない。母、シン、妹の三人で食卓を囲んでいる。大黒柱不在の結果の手抜き料理であっても、そんな失礼な食べ方がありますか、と母がシンを咎めた。
 はたとシンが我に返って、食事を再開させた。
「お兄ちゃんが恋しちゃった、王子に」
「う、うるさいなーマユは。違うよ、そんなんじゃ…」
「シンちゃんが恋? しかも男の子にですって…! そんな、障害の多い恋はつらいことの方が多いわよ、潔くあきらめなさい?」
「だーかーらー、違うんだってば」
 ひとしきり母と妹からそのネタでからかわれたシンは、寝る直前になってもベッドの中で彼の人のことを考えていた。どうしてか、頭から離れてくれない。そうだ、出会ったしるしにあれをあげよう。そして、明日もまたあそこに行ってみようと心に決めたのだった。

 昨日よりも遅い時間になったが、シンは一人で慰霊碑を学校帰りに訪れた。世界は黄昏につつまれ、海は金色に輝いていた。あの人の髪のように。
 光の中、赤い軍服の背中を見つけた時、シンの興奮は頂点に達した。探し求めた姿に心臓が止まりそうになった。
 …いた……!
 彼の佳人がシンを振り返って、目を見開いた。そして、笑った。
「君は昨日の……また会えたのだな」
 その口ぶりではまるで、自分に会いたくてここに来たような。それは自惚れすぎだろうか。シンは胸がいっぱいになって言葉を発することが出来ずにいるのがもどかしかった。
 きらきらと陽光を受けて、青い瞳が複雑な光を揺らめかせていた。
「君の名前は……?」
 問われ、シンは笑顔で叫んだ。
「シン、シン・アスカ!」
「シン…か……。俺はレイ・ザ・バレルという…また、どこかで会えるといいな」
 折角出会えたのに、レイと名乗った佳人は踵を返し、そこを去ろうとした。
「待って!」
 シンはレイ呼び止め、握りこぶしを差し出すと、彼の手のひらのうえに小さな何かを落としたのだった。ひとこと礼を言うと、彼は今度こそ本当に去って行った。
 二度と出会えない後ろ姿。何もできない、それらの事実を変えることの出来ないシンの胸に切なさが溢れて零れ出した。頬を涙がつたう。
 この切なさはなに? 恋しさに胸が弾け飛んでしまいそうだ。
 行かないで。
 抱き合ったらどんなぬくもり、どんな感触がするの。
 どんな匂いがするの。
 溢れた涙が、視界を遮って、シンを世界から切り離した。



「レイー! シンどうだった?」
 ミネルバを出てタラップを降りながら、レイはかぶりを降った。
 タラップの先ではシンを除いたいつもの面子が勢ぞろいしている。ルナマリア、妹のメイリン、ヨウラン、ヴィーノ。皆が皆、思い思いの私服であるのに対し、レイだけは軍服のままであった。
「やだ、レイったらこんな時まで制服なのー。たまには私服姿も見せてよぉ」
 王子の私服姿を激写する機会を奪われ、メイリンがむくれるのを尻目に、レイはルナの隣に下り立った。
「あれはだめだな。受け入れる準備がまるでされていないということだろう」
「シンも故郷なんだし、こんなときでもなきゃ、くることもないだろうにさ」
 オーブに寄港し、こうして自由行動の時間も与えられたのに、とルナがため息をもらす。
「オーブであんな目にあってから、けっこー時間経つのにな、まだダメなんだぁ」
 と、ヴィーノがいったのを、ヨウランがたしなめた。
「シンちゃんの場合、時間が傷を癒すってのに当てはまらないのかもな。まぁ、あちこちの名所の写真でも撮って回って後で見せてやろうぜ」
「頼む」
「レイはそんな軍服で街を歩くわけ…ないわよね。どうするの?」
 横で、その件についてまたぼやきはじめた妹にひじ鉄を食らわしながら、ルナが問うた。
「俺は…慰霊碑に祈りを捧げに行こうと思う。シンは今でも長い旅行に出たつもりでいる…オーブに帰れば自分の家が在り、そこに家族が待っているのだと。オーブに足を踏み入れたが最後、それが幻想だと思い知る。それを怖れている。それがどう自分に影響を及ぼすか、どう壊れてしまうかと」
 レイの答えに、その場が静まり返った。
 シンの失った家族も眠るその場所に参るか参らないか、誰もが迷っていたことだった。
 久しぶりの故郷なのだ、出て回ってみないかという勧めは、完全に拒絶された。
 バラバラに砕け散った自分自身を拾い集めて、やっと今の姿に再構築したのに、それをむざむざと破壊するようなことをしたくない。
 レイに後ろを向けながら、シンは背中でそう言った。
 おそらくは、失ったものを再確認して無事で済むほど回復を遂げていないのだ。
 だから、レイはシンの代わりに慰霊碑に行ってこようと思ったのだ。シンがしたくて出来ないことを、せめてしてきてやろう、と。
 海辺の丘に建立された慰霊碑は、色とりどりの花に囲まれ、穏やかな平和を願う象徴として立っていた。
 午後の黄昏が、世界を金色に変えている。
 ここでシンは両親と妹の死を見たのか…
 レイは一歩一歩を踏みしめるように、慰霊碑のもとへ歩いた。まるで、シンの家族を前にしたような、そんな気分で。手には一輪の花。白い花。
 レイはふと足をとめた。
 声が聞こえる。
 シンの声が。
 弾んだ声。笑う声。
 すると、目の前に慰霊碑に重なって、見たことも無い格好をしたシンの姿が、ゆるりゆるりと現れたのだ。
 世界は時間の流れを随分と遅らせた。ゆっくり、ゆっくり、幻はだんだんと現実に形を成して、シンになった。レイめがけて走ってくるではないか。シンが、そばを走りすぎようとしたとき、レイは叫んだ。
「君は…!」
 シンが立ち止まり、振り返った。満面の笑みを浮かべていた。
「君の、名前は……」
「シン。シン・アスカ!」
 レイは、シンと名乗った少年をまじまじと頭のてっぺんからつま先まで見つめ上げた。
 シンだ。まごうことなき今現在のシンだった。背も、顔形もいまそのままのシン・アスカだ。違ったのは、その表情の穏やかさだけだ。気難しく、不機嫌な眉間に刻まれたシワもない。
「俺はレイ・ザ・バレルという…」
「そう」
 にっこり笑ったシンが、握った右手をレイに向かって差し出した。レイが受ける手を差し伸べると、そこにひとひらの花弁を落とした。
「これあげる」
 屈託の無い笑顔でそう告げると、シンの姿は現実から失われ、幻に戻って、すうっと消えて行った。まるで、始めから居なかったもののように。
 全身の力が抜けたレイは、その場に座り込んだ。
 あんな笑顔、一度だってみたことがあったろうか。はにかんだように笑うのは見るが、あんなのは、見たことがなかった。
 シンの、見たこともないような、心からの至福といっていいような笑顔に胸が痛んだ。
 そうか、幸せだったんだな。
 オーブに生きていたおまえは。
 幸せしか知らなかったんだな。
 手のひらを開いてみると、そこにはソメイヨシノの花弁をブリザーブドフラワーに加工したものがあった。薄紅いろの、美しい花弁が、たしかにそこに、あった。



 シンは、夢から醒めた。
 いつもと何一つ変わらないミネルバの自室のベッドの上で、夢を見ながら泣いていた。
 ありもしない、いや、もしかしたらあったかも知れない、もう一つの現在。運命の分岐点が数ミリでもずれていたなら、戦火に巻き込まれず、家族と生き残って、プラントなんかへ渡らずに済んだかも知れない。あんな今があったかも知れない。
 ましてや過去にあんな運命の分岐点を辿らなければ、軍人などにはならなかっただろう…けれど、この道を進んでいなければ、レイには会えなかった。思いを交わすこともなかった。
 あのまま家族と平和に暮らした方が幸せだったのか。
 それともこうしてレイといる方が幸せだったのか。喪失してしまったものと、それを補ってくれたレイを天秤にかけて計ることはできない、計れない。
 隣りのベッドに視線を向けると、レイがこちらを見つめていた。こんな真夜中に、いつから目を覚ましていたのだろう、シンをおもんばかるような表情だった。
「また、家族の夢を見たのか…」
「ちがう…レイの…レイの夢を見てた……」
「俺の…?」
 レイが不思議そうに首を捻った。ベッドを抜け出し、床を裸足で歩いて、シンのベッドに潜り込んだ。あんなに夢で恋しがった美しい顔と、優しい眼差しがすぐそこにやってきた。夢の中の自分には考えられないことだったろう。
 間近に来たレイへ、シンはすんなりした両腕を伸ばした。そっと、抱き合う。
 レイが優しくしてくれるから好きなのか。
 俺を癒そうとかいがいしくしてくれるから…
 俺は与えてもらわなければ、好意を寄せられないのだろうか。ちっぽけな、子供じみた愛しか持ち合わせていないのだろうか。
 与えられなければ返せないような、心の貧しい人間なのかも知れない。
「レイ…俺になにかしてほしい?」
「別に」
「…オレ、どっかに行った方がいい? いないほうがいい?」
 レイが身を起こし、シンの顔を上から覗き込んだ。彷徨う赤い目と、まっすぐな青い目が宙空でかちあった。
「おまえはここにいろ。俺の傍に。おまえがそこにいるだけで、俺は与えられている」
 迷うことなくはっきりと言い放ったレイは、シンの額に額をくっつけた。ついでに唇を触れ合わせると、シンの隣りにまた寝転がった。
「レイ…今日…もう昨日か…陸に降りたんでしょ…どこに行ったの」
 ぽつん、と如何にも別に知りたくないけど、とでも言いたげにシンは務めて素っ気無くいった。
「ああ、昨日は……海岸の慰霊碑に」
「慰霊碑……」
 オノゴロの悲劇とも呼ばれるほど、オノゴロ沖では大規模なMS戦が行われた。その犠牲を被った海岸線のあたりはとかく酷い戦争の爪痕が残っていたというが、レイの話によるとそんなものは想像もつかないほど美しい公園となっていたという。
 夢に見た通りだと、シンは薄暗い天井を見つめながら思った。
「花を一輪、慰霊碑に捧げてきた。慰霊碑はとても立派で、美しく整備された公園は平和そのもののようだった…」
「ふぅん……」
 レイがベッドを離れ、ハンガーにかかった軍服の上着を探って、またシンの隣りに戻ってきた。手のひらを開いて、シンに見せる。
「そこで俺は、これを……これを確かに、慰霊碑の前でおまえにもらった」
 レイの手のひらには、ひとひらの花弁が乗っていた。薄紅の、春に七日間だけ咲く、あの花の一片がレイの手にはあった。シンは驚きと、そんなはずはない、という懐疑心に同時に見舞われた。しかし、レイの手にあるのは紛れも無い、夢の中で自分がレイにやったブリザーブドフラワーに加工したソメイヨシノだった。
「俺はシンの幻に会ったんだ。…その幻がくれたこれは、幻が消え去ったあとにも残って……どういうことだろうか?」
 真面目腐った顔でレイが言うので、シンは可笑しくなって、哀しくなって笑った。
「だって、オレがあげたんだもん」
 くすくすと、シンはレイをおいてけぼりにして笑った。
 夢が現実になった? それとも俺の夢が現実だった?
 あるはずのないこと。
 これはどういうことだろう。
 でも、なんとなくシンにはわかった。
 現実と夢が交じり合ったその一点で、時間も空間も越えて二人は邂逅を遂げたのだ。
「レイはオレのなにが欲しいの」
 シンの問いに、しばし思惟を巡らせたレイはやがて答えた。
「そうだな…心はおまえのものだから……」
「うん」
「俺は、おまえの魂が欲しい」
 その答えに、シンは目をまるくして、そしてふっと笑った。
「それって、オレの全部ってことじゃん」
「そうかな」
「そうだよ」
 レイの指が、シンの涙のあとを両目とも拭って消した。
「おまえは、ここにいたいんだろう」
「うん…レイの傍にいたいよ」
「なら、いないほうがいいかなどと、俺にきいてはいけない」
 レイがシンを包み込むように抱き締めて、シンは安心しきった様子でレイの顎の下に頭を入れ込み、胸に頬を擦り寄せた。
 まるで一つのものになろうとするかのように、二人は隙間なく体を密着させる。悲しみも苦しみも入る間のないように。温もりと優しさが逃げないように。

 いつか一つに、
 俺たちはなれるのだろうか。





 THE END.
 
 060211


実はこれで書こうと思ってた分は全部だったりします。
あとのは発想が一年弱も前のものなので、賞味期限切れで腐ってたみたいです。トライしてみたけどダメでした(泣

posted by 百武 晶 at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | SEED-D AnoterSide SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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