2006年10月18日

SEED-D SS「タンブリングダウン」(前)

いまさらですが出してしまいます。
出来もいまいちなんですが、逃げ水2でさんざ振ってたネタだもんで、どうにかこうにか書いてみました。
つまりは19話の捏造です。
良かったら読んでやってください。

こんなのでも無断転載複写等は禁止です。





「見さらせ、お前たち! あれがザフトきっての貴公子の姿か。あるまじき失態だと思わないか!」
 シンは仲間に訴えた。
 廊下に、トーテムポールよろしく雁首揃えた面子が並んでいた。
 のぞき見るターゲットは、艦長室前の廊下で乗組員と何やら申し送りをしているレイの姿である。
「どこが変なのよ?」
 彼をとりあえず見やるいつもの面子。ホーク姉妹、ヨウランとヴィーノのコンビ。
 レイはいつもと変わりなく、華麗で王子らしい様相に見えた。
「べーつにいつもと変わりねーんじゃん、レイレイ」
「俺もそう思うぜ?」
「えー、なんでオレがスベってるみたいな雰囲気になってんの?!」
 三人からことごとく否定されたシンは、最後にメイリンのトドメとも言える一言をもらった。
「私たち、シンと違ってレイマニアじゃないから、ちょとくらいの変化なんてわかるわけないじゃない」
 ああ、慌ただしい時間に損しちゃった、とメイリンは携帯端末を片手にいそいそといずこかへ去って行った。
「俺たちも行くぜ。レイレイがおかしくなったって、いちいち呼び出しといて、これだもんよ。久しぶりの下船、久しぶりの自由。その準備があるってのに」
「じゃ、シンちゃんもちゃんと降りる準備しとけよ」
「慰問のライブって誰がくんのかな〜楽しみだな」
「ま、ロックバンドってことはないだろうーけどな」
「えーーーつまんねぇの」
 ヴィーノ、ヨウランの二人も去って行き、残ったのはルナマリアとシンだけとなった。
「どうしてだよ、ぜんぜんいつもと違うじゃねーか。足もとなんか、三センチくらい浮いてるし、頭の上には花が咲いてるじゃんかよぉ」
 壁にへばりついてシンはぐだぐだ言っていた。背後でルナマリアが嘆息する。そのルナマリアを振り向いたシンは、最後の頼みの綱である彼女に同意を求めた。
 だが、ルナマリアは難しい顔で両手を腰に添わした格好で、首を左右に振った。
「なんだよ、みんなして…ミネルバ、あんたなら分かってくれるよな? レイがいつもと違うって」
「って、戦艦に同意を求めるなんてよっぽど末期ね、あんた」
 ルナマリアがシンの右肩を叩いた。てっきり彼女が立ち去ったと思っていたシンは、ばつが悪そうにルナを向き直った。
「いいから、私たち赤服には議長に面会するっていう大仕事があるんだから。寄港するのはディオキアっていう大きな都市だそうよ。特にあんたは勲章の授与が予定されてるんだから、しっかり準備しなさい」
 そうなのである。数時間後に入港を迎えるというので、ミネルバの艦内はどこも色めき立っていた。補給と整備が目的とはいえ、大都市に寄港するのだ。休息も自由時間も十二分に与えられるということで、誰もが下船の準備に大わらわだった。
 シンがレイの異変に気付いたのは今朝だ。
 今朝シンは微かな水音で目が覚めた。普段そういうことはなかったが、レイが髪を洗い直しに朝からシャワーを浴びていたのだ。浄水循環システムが完備された最新鋭艦とはいえ、一日に使える湯水の量は制限されているからだ。
 髪を洗い終えたレイは、ヘアーアイロンを持ってくるとベッドの上で髪のセットを始めた。
「そんなに嬉しいのか、議長に会えるのが」
 それを眺めるシンの刺すような視線にもびくともせず、カールのクセ付けに余念がなかった。
「そうでもない」
「……うそばっか」
 どこがどう変化したとはいえないが、どことはなしにそわそわとして、いつものレイではないのをシンだけが感じ取っていた。
 確かに昨夜までのレイはいつもと同じで変わったところはなかったのに、あのレイが、浮き足立っている。
 議長に面会できるという、それだけのことで。
 シンの心中に嫉妬の火種が灯った瞬間だった。
 レイはその後シンのことなど目に入らなくなったというように、交わす言葉も少なく下船準備に追われたのだった…
 ディオキア・ザフト軍基地に入港し、陸に下り立ったシンは、ルナと一緒に時間まで基地をぶらつくことにした。レイはどこかへ行ってしまって捕まらない。真っ先に議長に会いにいったのかも知れない。
「どうかしら?」
 不貞腐れたシンの前に現れたルナマリアはいつもの超ミニスカートに膝上のソックス姿ではなく、正規の軍服を身に纏っていたのだった。改造制服を着用していないルナを見るのはいつ以来…いや、はじめてのことではないだろうか。
「ルナ、カッコいいよ。おまえが本当に男だったら、オレ、たぶん惚れてたよ」
「倒錯したこといってんじゃないわよ。あんたは」
 と、嘆くルナを見て、シンは思っていた。ミニスカはくのをやめればいいのにと。
 あれは本来の意味で目に毒だ。アカデミーの頃から見たくもないものを、下着のローテーションを記憶するほど毎日見せられて、正直うんざりだ。いい迷惑である。
 レイはそもそも女性の下着自体に興味がないので、はっきり公害だと切って捨てているし、シンはルナを男と思っているので、違和感が先に立った。
 それがミネルバ配属後も変わらなかった為に、二人で訴えてやろうかと冗談ではなく、そこそこ本気で話し合ったこともあるくらいだった。
 基地内では某歌手による慰問のライブが開かれていたが、人の大勢集まる場所を不得手とするシンはそこはパスすることにした。一方アスランはメイリンを人ごみからさりげなく助けながら、どさくさに紛れて腰を抱き、二人でどこかに行ってしまった。
 その様を目の前で目撃していたシンとルナは、
「なんなんだ、あいつのさりげない手の動きは」
「手慣れたもんねえ、しっかり腰に手をやってたわ」
 と、アスランの紳士っぷりに舌を巻いていた。
 さして面白いものがあるわけでもない基地ないをうろつく二人は、完全に時間を持て余しながら下らない話をすることで潰した。何かあったかといえば、途中、着ぐるみのピンクのウサギにシンが風船を貰おうとするのを、ルナマリアが慌てて止めたくらいだ。
 余談だが、正規の軍服を来たルナは溌剌とした美少年のようにも見え、シンと並んで歩くと美少年同士のカップルに見えなくもなかった。本人たちが知るよしもなかったが。
時間が来て、二人は所定の基地出入り口に行った。そこには黒塗りの高級車が四台に、アスランの姿があった。
「あれ、レイは?」
 シンが辺りを見回してレイの姿がないことをいぶかった。すると、レイがグラディス艦長と連れ立って少し遅れてやって来た。相変わらずシンの方は特に見ることもなく、指定された車両に遅れてきておいて颯爽と乗り込んだ。
 二台目にグラディス艦長とアスラン三台目にシン、レイ、ルナマリアの三人が乗り合わせることになった。シンとレイの真ん中にルナマリアは挟まれ、険悪な空気のなか、彼女はどこまでも居心地が悪そうにしていた。
 シンがルナマリア越しにレイを舐め上げるように見る。だが、レイは知らんふりで窓の外に目をやっている。シンの目線がさらに険を帯びて、ルナマリアが当てられないように体をずらした。
「…レイ、そんなに嬉しいのかよ、議長に会えるのが」
 シンが低い声で朝と同じ科白をつぶやいた。
「いや、そんなこともない」
 レイは窓の外を見たまま、やはり朝と同じ返答をした。それが、また、シンの虫の居所を悪くした。
「シンたら、レイと話したいなら席、代わってあげるから!」
「いいよ。レイは話したくないみたいだもん」
 シンが拗ねた様子ををありていに声に乗せていった。
「そんなことはない」
 話は聞いているらしく、しかし、やはりレイは窓の外の景色から目を離すこともなく返答した。
 シンに嫉妬を買うのは珍しいこともあるものだと、少々からかってやろうと思った悪戯心がレイの先行きを暗くしようとは誰が思おうか。
「…ほらな」
「………あんたらねぇ」
 ああ、隊長と代わってもらえば良かった、とルナマリアは乗車中、やりづらい空気の中で繰り返し思うことになったのだった。

 会食の席が設けられたのは、市内の豪華な高級ホテルだった。そこへ着くなり、シンとルナは一緒になって建物の豪華絢爛っぷりに声を上げた。何やら歴史のありそうな、古い建物のようだが、エントランスホールの飾り付け
のなんと豪奢なことか。
 レイと艦長を除いた三人はそこで待つように言われ、シンはまたヒマを持て余すことになった。
「なぁ、ルナ、ヒマだから、そのへん探検しようぜ」
「いいわね、一周りでもしてみましょうか」
 隊長が止めるのも聞かず、二人はホテル内の探索を始めた。じゅうたんの敷き詰められた床は歩いても足音がしない。ふかふかと、一歩一歩が沈むようだった。
 そして、別館に繋がる渡り廊下の先に、とんでもないものを目撃してしまうのだった。西日に照らされたテラスに、ギルバート・デュランダルとグラディス艦長、それにレイの姿が見えた。距離があったが、それははっきりと分かった。
「あれ、レイじゃない? と議長と艦…」
 ルナマリアが言い終えたか終えなかったか、そんな時だった。どうも様子、というか雰囲気がおかしい。子供のような無邪気な表情をうかべたレイが、議長に何かを言われた途端、頬を赤く染め、はじらったかと思うと飛びかかる勢いで抱きついたのだ。
 議長はしっかりとレイを抱き留め、レイと抱き合ったではないか。
 熱い恋人同士の抱擁、のようにしかシンには見えなかった。あのレイが、人目もはばからず、感情をむき出しにして、あんな行動に出るなんて…
「なんだありゃああああ………!!」
「ば、ばか! 大声上げたら見つかっちゃうじゃないの!」
 シンの絶叫はルナの手によって塞がれ、見つからないように、無理やり体勢を低く取らされた。床に這いながら、シンは嫉妬に燃えた。
「ルナ、今の見たかよ? なんだよ、あれ!」
 シンの頭を押さえ付け、体の上に体を乗り上げたルナが素っ気無く答える。
「親子の再会?」
「どこがだよ!」
「久しぶりなんだもの、感情が昂ぶったってしょうがないじゃない」
「あれは、あんなの恋人とする抱擁だろ?! なんだよ、なんだよ…!!」
「シン、落ち着いて」
 ルナマリアが困苦してシンの背を撫でさすった。
「ちくしょう、レイのやつ、裏切りやがって……」
「違うでしょ」
 ルナマリアは次の角を曲がった所までシンを引っ張って行き、胸ぐらを掴んで壁に体を押さえ付けた。
「あんたはレイのすべてになりたいの? レイに、シンは俺のすべてだと言わせたいの?」
「な、何の話だよ…」
「レイがシンにしか愛情を示さないとでも思ってるの? っていってんの。感情を、そりゃあ、レイは中々表に出さないけど、そんなわけないじゃない?」
「だって…あいつ、今朝からぜんぜんオレのこと見ないんだ」
 ルナはシンの胸ぐらから手を離した。半ば浮いていたシンの体が床に落ちて弛緩した。
「アカデミーの終わり頃、結局うやむやになったけど、あんた、レイに好きだっていったの? あのあとどうしたわけ?」
「好きとか愛してるとか…そういうんじゃ…ないし……」
 シンは言葉を詰まらせた。
「だってルナ…こんなオレが、レイに好きだなんて、愛してるなんていえない…」
 シンはルナから顔をそらし、声を掠れさせていった。遠吠えをしたはいいが、喧嘩には負けて帰ってきた犬のように弱々しい風情だった。
 シンが垣間見せた弱さを、ルナマリアは拒絶した。
「あたしの前で弱みを見せないでよ。虚勢はって、生意気で、救いようの無いあんたでいてよ。強いだけのシンでいて!」
「ダメだよ、ルナ。オレ、ちっとも強くなんてない」

 授与されたネビュラ勲章を有難いとも思わず、会食の席で、ぶら下げた左胸が重いとさえシンは思っていた。
 議長のありがたいお言葉も右から左へ。議長の右隣の席に着いたレイの動向ばかりが気になった。議長のそばで幸福の絶頂といわんばかりの楽しげなレイをじろじろ見ながら、次から次へと運ばれてくるフルコース料理だけはししっかり平らげていく。
「あんたねぇ、テーブルクロス引っこ抜いてやったらどうなるんだろう、とか考えてんじゃないでしょうねぇ」
 シンの今にも悪巧みをしそうな表情に、ルナは危機感を覚えたのか、先手を打ってそう耳打ちした。
 なんでわかる、という表情で見返したシンの足を、ルナは他の誰にも見つからないように踏んづけた。
「隠し芸大会じゃあるまいし、そんなことしたら潰すわよ……!」
 シンは咎められないのをいいことに、黙ってルナの料理を盗みとりつつ、食事することに専念した。
「それにしてもシン…君のオーブ領海域突破戦の活躍は見事だったね」
 突然、議長が先の戦闘においてのシンの活躍について言及してきた。
 シンは答えた。
「オレには眼界を越えたその先にある、もう一つ上の世界が見えるんです…時間の感覚がない、異次元にいるような…神の視界を分けてもらえるとでもいえばいいのか、戦場に張り巡らせた想念の糸が光線のように視えるんです…」
「ほう、それは興味深い感覚だね」
 議長は感心したが、その他の者は皆、ぎょっとなった。何をいい出すのか、と。
「もしかしたら、隊長はその世界を視たことがあるかも知れない…ですけど」
「………」
 アスランは料理に目を落としたまま、答えなかった。
「その能力を生かして、早く戦争が終わるよう、尽力してくれたまえ」
 そこで、はいと素直に議長に答えればいいものを、シンは、要らぬことをいう。
「オレは誰の駒にもなりません。オレはオレのために敵を落とし、オレ自身の信念を貫く為に命を賭けて戦う」
 ルナに思いっきり足を踏みつけられ、シンはひっと短い悲鳴を上げた。アスランが慌てて議長に別の話を振り、それ以来シンが口を開く機会はついぞやってこなかった。

 会食が終わってテラスを後にしながら、誰がホテルに残り、ミネルバへ帰るかという話になった。レイがミネルバへ戻ると申し出たが、
「いいじゃん、レイは久しぶりに愛しの議長に会えたんだし、この機会を逃す手はないじゃん。レイがホテルに残ってて、隊長がミネルバに帰ればいいんだ」
 とシンが真っ先に嫌みったらしく提案した。
 特にアスランが反論しなかったので、レイはこのままホテルに宿泊し、アスランがミネルバに戻る、そういうことになった。
 赤服たちに宛てがわれた部屋は、文句の付けようも無いロイヤルスイート。たった一泊の料金が、一ヶ月豪遊して暮らせるほどの料金だとルナがいったように、部屋にはバス・トイレはもちろんのこと、バーカウンターやキッチンまでもがついてあった。
 キングサイズの超巨大なベッドに手足を投げ出して寝ころびながら、シンは、本当にレイが議長のことしか見ていなかった会食の風景を思い返した。
 にこやかなレイ。誇らしげなレイ。嬉しそうなレイ。こっちを少しも気にしない、他人のようなレイ。
「はぁ……」
 急にレイが遠くにいってしまったような、寂寥感とこの疎外感をエネルギーにして、めらめらと嫉妬の炎が燃え上がる。
 部屋の戸をノックする音がした。どうぞ、と言うと扉をあけてレイが入ってきた。シンは嬉しくて飛び起きそうになったが、すぐにでも駆け寄りたい衝動を抑えてベッドの上に留まる。
「なんか用?」
「…いいや、特に用は無いが…ルナマリアがおまえの様子を見てこいと煩いので」
「………」
「特に変わりがないのなら、戻るが」
 レイは戸口に立ったまま、後ろ髪ひかれるといった感じで、早く部屋を後にしたいようだった。それがシンにもありありと伝わった。
「変わりないよ。さっさと議長んとこに戻れば?」
「そうか。じゃあ」
 本当にレイはそれで部屋を出て行ってしまった。閉まる扉を信じられない思いで見つめるシン。パタン。今どき珍しい手動で開け閉めをする扉が閉まる音は、どこまでも乾いていた。
 大の字になってベッドに身を沈めたシンは、寂しくなって携帯端末を手に取った。ミネルバの友に通信するためメモリーを検索し、番号を選択する。コールが三回なった後、ヨウランが出た。
 どうかしたのか、というヨウランにシンは事のあらましを説明する。
「ヨウラン〜〜、レイが、レイがおかしいんだよ。オレのこと、ちっとも見ないんだ。議長と今ごろやってたら、どうしよう。どうすればいいの、オレ、そんなの許せない、嫌だ」
「落ち着けシン。それはない、いくらなんでも、そんなレベルの低いスキャンダルをあの議長が起こすわけない。バレたら即、失脚じゃないか。あの議長に限ってそんな尻尾は出さない。ベタすぎる…プラント国民としては議長が人格者であると信じたいしな」
「うん…」
「でも、シンちゃんが許せないのはそっちじゃないだろう。レイが目を向けない、シンを見ないことだろう?」
「うん…」
 向こうでがやがやと人の大勢いる音がする。ヴィーノがヨウランから端末を取り上げたらしく、ヴィーノの甲高い声がシンの鼓膜をつんざいた。
「こんばんワイン〜! おう、アス子、順当にヘコこんでる? 勲章貰ったか? イカス? 相手はいっても三十路だろ、結局最後は若さが勝つんだってぇ。男同士なんてそんなもんだろ、諦めろ。ありがちじゃん、レイレイが議長と肉た……」
 そこで端末をヨウランが奪い返したようだ、ヴィーノの声が遠ざかって、二人の会話が漏れ聞こえてきた。
「だから何でお前はシンが更に気落ちすることを、敢えていうんだバカ!」
 なにやらごちゃごちゃといってから、ヨウランが再び電話口に出る。
「とにかく、変な気は起こすなよ。部屋に攻め込もうとかそういうことは考えるんじゃないぞ。今日はもう寝るんだ。俺なら十二時間耐久麻雀やってるから、何かあったらいつでも電話すればいいから、な?」
「わかったよ、ヨウラン…」
「レイの目は、ミネルバに帰ってきたら覚めるから」
「うん、ありがとうヨウラン」
 通信を切る。シンは風呂にも入らず、寝る準備を何もしないでそのまま眠った。

 翌朝、食堂にやって来たルナマリアは、寝癖付き放題のシンの頭と、シワの寄りまくった制服を見、悲鳴に近い声を上げた。すぐに部屋からアメニティーグッズを持ってこさせ、身支度を整えさせる。
「レイがいなきゃ、すぐそれなのねぇ…毎朝レイにやってもらってたわけじゃないでしょうね」
「自分でやってるよ。レイは口では言うけど、やっちゃくれないもん」
「でしょうね」
 ウォッシュルームにて、シンが歯を磨く後ろで後頭部の寝癖を直しているルナは言った。
 レイの手が入っていれば、毎日もう少しマシなナリをしているであろう、と。
「もしかしなくても、お風呂にも入らずに寝たのよね」
「ウン…」
「猫足のついたかわいい真っ白なバスタブでさ、蛇口やなんかは豪華に金ピカだったのよね。あそこでレイと仲良くできたら、それはそれは楽しかったんでしょうねぇ」
 ルナマリアは、火に油をそそぐようなことを、敢えて言う。
「昨日の晩は議長と仲良く…」
「そんなわけねーだろ! ルナのばぁか!」
「ふふん」
 その日は市内の見学に強制的に連れていかれた。各名所を車で連れ回され、シンは一日不機嫌に染まっていた。もちろん、レイは同行していない。ルナとシンの二人で、係の者が案内する広場だ鐘楼だなんだを見て回った。

「ほんとにやんの? 見つかった時、オレの名前出すの無しだぜ?」
 ミネルバに戻ったシンは、ヴィーノを使って未使用の個室のロックを不正解除させようとしていた。自室に戻ればレイがいる、レイのいる部屋には戻りたくなかった。
 ヴィーノは扉横に取り付けられたパネルに端末を繋ぐと、ちょちょいと操作していとも簡単にロックを外してしまった。
「これでシンのIDカードをリーダーに読み取らせれば開くようになったぜ」
「わかったよ。さんきゅ」
 個室は狭く、備え付けのベッドは一つ、パソコンも一台。普段使用している部屋より息苦しい気さえした。ベッドに身を預けたシンは、レイのことを考える。
 議長に抱きついた時の、あの乙女のような顔を思い出して、気分が悪くなった。
 頬を赤くして、まるで初恋の人に会ったかのように、無邪気に抱きついていたな。あのレイが。あまり見たくなかったレイの隠された一面だった。
「なんだよ、あれ……」
 寝返りを打ったと同時に、呼び出し音がした。
 来訪者だ。
 不正使用がもうバレたのだろうか、シンは内側からロックを外した。戸口に立っていたのはレイだった。
「なんでここが…」
「ヴィーノに訊いたらここだとすぐに吐いた」
 レイはシンの横を通って部屋の中へ上がり込んだ。扉を閉め、シンは抗議しようとレイを追いかける。
「どうして部屋に帰ってこない。ここを使う理由はないだろう」
「なんでって…!」
 おまえのせいなのに、カッとシンの頭に血が上った。
「夢から醒めて、現実に戻った? 今ごろオレのご機嫌伺いかよ?」
「この二日、おまえに気を使ってやれなかったのは謝る…ただ、ギルとは滅多に会えないんだ、そこは考慮してほしい」
 子供をあやすように、優しい声でレイはシンを宥めたが、逆効果だった。
「バカみたいなツラで議長に抱きついて! みっともないったらないな!」
 あの時の映像がリアルに脳裏に再生される。また心臓が嫉妬に疼いた。
「あれを見ていたのか…」
 レイがきまり悪そうに視線をずらした。
「議長に会えて楽しかった? 嬉しかった? 幸せだった? 体に鼻をこすりつけたら、議長の匂いでもするかな」
 シンは薄笑いを浮かべながら、レイに体を寄せ、匂いを嗅ぐ真似をした。
「こうやってさ、頬を撫でてもらって、髪をすいてもらって…」
 順番通りに手はレイの頬を撫で、髪を梳く。
「…抱き締められたのか?」
 シンの赤い目が嫉妬の色にまみれてぎらりと光った。それをレイは怪訝そうに、息を詰めて見つめていた。
「なにを…」
「それで、その形のいい唇を吸わせたのか? そんなの許せない」
「シン!」
 シンはレイに飛びかかって、腰のベルトを外そうとした。レイの体が床に転がり、その上に馬乗りになる。
「全部確かめてやる! 脱げったら、脱げ! いつもオレにしてること、議長にされたんだろっ」
「シン、いい加減にしろっ…!」
 シンの頬にレイの平手が飛んだ。怯んだ隙に、レイは腹を蹴り上げ、シンを体から引き剥がした。シンの体は宙を移動して、ベッドの横にしたたか腰を打ち付けた。
「う…いっってぇ……」
 くらくらする頭で、痛む腰へ手をやりながら、シンは悔しいような情けないような気分でレイを見上げた。
「何を勘繰っている! ギルへの感情は、恋愛の類いとは違うと、さんざ言い聞かせただろう! どれだけ説けばおまえは理解する!」
 レイが声を荒げた。
「俺はおまえを信じている、いつまでも、どこまでも。でも、おまえは俺を信じない!」
「………オレのこと、ちっとも見なかったくせに…」
 ぽろぽろと、シンの両目から滴が落ち、レイが続けて何事か言おうとしたのを思いとどまらせた。傍に行って、慰めようとしたとき、シンがそれを拒絶した。
「もういいよ…出てってくれよ」
「シン……」
「一人になりたいんだ…!」
「わかった…」
 レイはシンに言われた通り、涙を拭ってやれないことを後悔しながら、これ以上続けても泥仕合になるだけだと悟って部屋を後にしたのだった。


 知らなかった。
 レイと議長って同じ笑い方するんだ。
 困ったように、小首を傾げて優しげに微笑する様。議長が同じようにするのを見て、シンは心臓が跳ね上がった。
 シンはレイにそれこそ全部をさらけ出してきた。
 無様な姿も、惨めな姿も、醜い姿も…隠せる部分のないほどに。
 でも、レイは全部を決して見せてはくれない。だから、たまにこういう予想だにしない一面を見せつけられると、ひどく動揺してしまうのだ。
 それがたまに歯がゆく、憎たらしいのだった。


 to next.
posted by 百武 晶 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | SEED-D小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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