2005年08月01日

シンについて。

なんていうか、別に私は世に言う「シン至上主義」でも「シン萌え」でも「シンスキー」でもないんですけどね…?
ただ、ひたすら「気になるあいつ」なだけで。
っても、この半年、シンについて考えない日はないほど、脳みその大部分がシンで占拠されているんですけどね。イカれてますね、十分。

逆に、愛かもしれん。愛か?

種運命の登場人物で誰が好きなの? と問われたら、返答に困りますしね。
その場合、「レイシン…?」って言うほかない。
シンって素直にいえないあたり、捻くれてますが。
完全にレイあってのシン。レイありきが私の脳内に住むシンの大前提のようなので。
二人は一蓮托生ですよ。切っても切り離せない関係性ですよ。
ああ、私、レイシンですから。ええ。

アニメのキャラに入れ込むことなんか、とんとなかったもんですから。
むしろ、初めてのことかも知れない。
萌えーとか、原稿ーとか言って生きてこなかった私は、気持ちの持って行きかたがわからず困ってる次第でございます。情けないですね。いい大人が。

原作=アニメから萌えを供給できないでしょ。この作品の場合。
それが息苦しさに拍車をかけまくってくれるんですけど。
作品そのもに対しては何の愛も興味もないんですよ、私。評価もしない。
シンとレイっていうキャラクタ二人のみに愛。偏愛ですか。
前作で、キラとフレイってキャラクタに耐え切れずに視聴を放棄したのとは、まったく逆の現象ですね。
なぜそうなったかというと、シンとレイにあまりにもスポットが当たらず、さっぱり描写がされなかったからだと思います。
つまり、空白だらけのキャラを自分勝手に妄想し、捏造することができたからです。
今では原作とは似ても似つかない、独自路線を突っ走るシンとレイが私の脳内には生息しています。増殖しまくりでした。
それが、どんな不具合を起こしたかというと。
アニメで第3クール半ばを過ぎた頃、突発的に描かれるようになってきた、二人のキャラ性と、既に出来上がっていた脳内の捏造レイシンとのギャップのひどさに、整合性をつけあぐね、困り果てることになったという。
いや、整合性なんかつくわけないんですけど。どうやったって。
同人とは無縁でやってきたツケがここに?
アニメと二次創作と、うまく折り合いをつけられない知恵のなさですよ。

あのザマだし、アニメの視聴なんかやめれば済むことなんですけど。
シンの行く末をせめて、この目で見届けてやらねば、なんの為に苦しみに耐えたのかと。
ここまで来たら惰性だろ、と自分を励まし続けて早半年。
がんばれよ、自分…
同じような憂き目に合ってる人っていませんかね。
posted by 百武 晶 at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | シン語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。