2005年11月15日

SEED-D 50話SS「ルート:ライブ」4



レイシン解釈による再構成捏造最終回。4回分けの4回目です。

メサイアの現場に乗り込んだのがタリアではなくシンだったら。

このシリーズは16禁です。
無断転載複写等は厳禁です。







 指を、広げて、ゆっくりと握る…
 たった数時間前に触れたレイの体温を、この腕に手に思い起こそうとして、失敗した。記憶はあまりにも不確かなもので、何度試しても蘇らせることができなかった。
 死線にまで追い詰められたレイが向かうところといったら…ギルバート・デュランダルの側。そこしかない。
 議長より、俺を取ってくれたらいいのに。
 やっぱりレイは…議長を裏切れないんじゃないのか、と寄せては返す期待と不安。
 物事は複雑に横糸縦糸が絡み合い、そう単純には行かない。
「うあっ…!」
 メサイアが大きく鳴動したせいで、俺の体は壁に叩き付けられた。壁伝いにずるずると床へ座り込む。目の前の天井が、大規模な範囲に渡って剥がれ、崩落を起こしたのを、ぼう然と眺めた。
 この長い直線廊下を抜ければ、コントロールセンターがある。もう血の跡がなくても、目的地がそこであることは分かり切っていた。泣くな、泣くな俺。込み上げかけた弱さを振り払おうと頭を振って立ち上がると、瓦礫を避けながら廊下を駆け抜けた。
 円形のエレベーターホールに足を踏み入れたとき、人の声らしき残響音が耳に入った。誰だ? 急いて左回りにコントロールセンターへ進んだ。
 そして、銃声がしたのと視界が一気に開けたのとはほとんど同時だった。
「なっ……!?」
 飛び込んできた光景に、俺は目を疑った。
 ピンと張り詰めた空気。読めない状況の移り変わりを、脳の演算処理能力をフル稼働させて分析した。
 右手側、エレベーターホールの向こうには銃を構えたレイがいた。俺とは反対側から回り込んだらしい。レイの直線上には間に正体不明の人物を挟んで玉座がある。銃口は玉座を向いていた。
 左手側、その玉座に鎮座すべき人物の姿は見えず、足もとに人影が崩れ落ちていた。議長だ。
 レイと玉座のちょうど中心の位置に立った誰かは、やはり同じように玉座に向けて銃を構えていた。
 撃ったのはどっちだ?!
 心臓が早鐘のように鳴って、呼吸はさらに乱れた。こめかみで心臓が脈打っているみたいだ。
「レイっ…!!」
 叫んだのが先か、レイの傍ら目指して駆け寄ったのが先か、自分でもよく分からなかった。
 悲鳴に近い俺の声に、レイと玉座の間に立った人物が、こっちを振り返っていた。
 青いパイロットスーツに身を包んだ、首を振ればさらさらと音がしそうな茶髪の男だ。青年と呼ぶには線がか弱く、少年と呼ぶには眼差しが大人びている。折れない意志と人知を越えた力を湛えた瞳に見据えられると、それだけで相対した人間は気圧されてしまうだろう。若くして達観した印象が、どこかレイと符合した。
 名前も知らない彼が、フリーダムのパイロットなのだろう。俺がレイに駆け寄ったのを確認すると、玉座の方へ走って行った。
 議長を撃ったのはレイだった。銃に、弾丸を発射した形跡が見て取れた。レイは撃った体勢のまま微動だにせず、全身を硬直させている。血の気を失った唇がワナワナと震えていた。眼球が俺の姿を捕らえ、限界まで見開かれた目の中を奇妙な動きで移動した。動かし方を失念したかのようなぎこちなさだった。
「…シ、…シン……?」
 俺はおもむろに頷いて、左手で封じた銃口を下に落とさせる。レイの両手がグリップを力みきった様子で握りしめている。トリガーには指がかかったままだ。
「俺…は…いったい……なにを…」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから、レイ」
 レイを宥めながら、まずトリガーから指を剥がし、グリップにしがみついた指を一本ずつ丁寧に剥がして行った。銃が俺の手に渡った途端、レイは緊張の糸が切れたらしく、脱力したように膝を折った。俺もレイに合わせて床に膝をついた。
「レイが…撃ったの…? 議長」
 静かに問うと、頭を垂れていたレイが顔を上げた。形を崩し、乱れてかかった髪が、より悲壮感を煽った。
「ギルが…未来を彼を殺めようとしたから…俺は」
 咄嗟に引きがねを引いてしまった、と。
 フリーダムのパイロットを議長が撃とうとしたのを、レイは阻止すべきだと思ったんだろう。詳しいいきさつは分からないにしても、そういうことらしかった。
 議長と、彼の唱える新しい世界のために生きてきたレイが、それに仇なすことにどれほどの苦しみと痛みを覚えたか。未来を得るためとはいえ、存在意義をかけて信じた真実を破壊しなければならなかったのだから、想像に難くない。
「レイ、つらかったね。よく頑張ったね……」
 俺は万感で胸をいっぱいにしながら、レイの頭を撫でた。
 レイの天色の瞳に、みるみるうちに透き通った露が盛り上がった。それは生まれたばかりの朝露のように穢れがないものに見えた。
「…俺は、未来が欲しかった…ギルの言う、諦めと沈黙の未来ではなく…限りのない可能性と、解き放たれた自由が」
 玉露が零れ、頬を伝いながら落ちる。次々と。何よりも美しい涙だと思った。
 レイにしてみれば、議長を裏切って大変なことをしてしまったと、不安と罪悪感にまみれた心が痛む結果かも知れないが、そんなのはすぐに晴れる。人間が母の胎内から生まれ落ちた瞬間に上げる産声、あれと似たようなものだ。
 レイは、議長の見せる悪夢を振り払って、目を覚ましたんだ。
「うん、それでいいんだ、いいんだよ」
「おまえが言ったから…新しい世界で生きようと。本当はそれではいけないと知っていながら、俺のために…。俺は、自分の過去も未来も否定することなく、自由のある世界で生きていきたいのだと、やっと気が付いた」
 時間はかかったけど、レイは厚い外殻を破って外の世界に出てきた。その殻は重く、脱ぎ捨てるのは並大抵のことじゃない。安住の地から飛び立つ決意に至るまでの過程が容易ではないことを、俺は知っているから。
「俺たちもう、たぶん新しい世界にいるんだよ」
 嬉しい、嬉しい。俺のやったこと無駄じゃなかった…
 夢みたいだ。俺の胸にしがみついて嗚咽し始めたレイの震える肩を抱き締めた。
 確かな、今ここに存在している温もり。
 レイが、生きてる。生きている!
「シン、シン…俺はクローンである事実を許容されて、おまえに救われたはずなのに、道を選びあぐねて、苦しめた…すまない…」
「俺は俺のしたいようにしただけだよ。俺もね、過去にこだわってたら、今守りたいものを守れないって分かったの最近なんだ。過ぎたことや失ったものにばかり囚われていても前に進めないんだよ…願いも叶わない。過去に犯した過ちは消せないけれど、贖うことはできるよ、レイ」
 大切なものを喪失し、この戦争を体験して行き着いた答えを率直に言った。それはレイにも当てはまることだったからだ。物知り顔でこんなことを吐くのは、これっきりのつもりで。
「でも、でも…俺は…ギルを…手にかけてしまった……!」
 レイの嗚咽が、いっそう深まり、痛ましくなった。その背をさすりながら、俺は玉座の方を伺い見た。
 丁度、こっちの様子を伺っていたらしいフリーダムのパイロットと、目線が交わる。俺の意図を察した彼が、言った。
「…彼は、大丈夫だよ。急所は外れてる。心配いらない」
 
 フリーダムのパイロットは、キラ・ヤマトという名なのだと、俺が知ったのは後になってからだ。
 玉座に駆けつけたキラ・ヤマトは、レイの銃弾を受け、倒れ込んだ議長の状態を調べた。心臓を左上に外れた弾は、ほぼ肩の辺りを貫通していた。レイの迷いが射撃精度を狂わせたのかも知れない。あるいは、失いたくないという本心が。
 応急処置に取りかかると、議長が意識を回復した。
「君が…撃ったのか……?」
「…いいえ。金髪の、彼が…」
 議長の上着を包帯がわりに裂いて使い、黙々と処置を続けながら、素っ気無く答える。
 レイが…議長はさも可笑しげに、自嘲した。
「そうか…運命の女神は、私と私の未来を選ばなかったというわけか。君の勝ちだ」
「この戦いに勝ち負けなんてありません。もしあるとするなら、見失いかけた未来を掴み取った彼らこそが勝者です」
 そう言って、キラ・ヤマトはエレベータホールを振り返った。
「………」
「ずいぶんと、酷な運命を歩かせたようですね。あなたは生き続けるべきだ。生きて、罪は償って下さい」
「…罪、か……」
 痛苦が襲ったのか、激しく眉を寄せた議長は、そこで意識を失った。

 返ってきた答えに、俺はとりあえず安堵した。
 胸からレイを引き剥がし、涙に濡れた瞳を見つめる。
「レイ、聞こえた? 議長生きてるって。レイは議長を殺しちゃいなかったんだよ」
 惚けたように、しばらく俺を凝視していたレイの頬を、また新しい雫が伝った。わっと顔を両手で覆い、声を上げて泣く。
 感情を押し殺すように隠して、怜悧で無表情な人間であり続けようとするには、ペルソナと呼ばれる仮面を被らなければならなかったのだろう。レイのクールさは、表層にすぎない。仮面を剥いだそこには、血の通った人間らしい感情の渦があった。
 俺のように、持て余した感情を、破壊衝動に変え、周囲に当たって散らすことも許されなかったレイが、声を上げ、子供のように泣きじゃくっている。
 溜まった感情をまとめて吐き出すように。
 レイは自分のこと、許せたのかな。
 涙は拭っても、止めどなく頬に筋を作る。一旦堰を切ってしまったものは、そうすぐには止まりそうもない。レイは泣いたことがそんなにないだろうから、コントロールが効かないんだろう。まぁ、いいや。キレイだから。
 それに、しおらしく鼻をすする姿なんて、二度と拝めないかもしんないし。
「レイ」
 レイの嗚咽は止んでいた。それでもしゃくりあげながら、俺を見上げた。
「この世界にだって、救いはある。レイの遺伝子にかかった呪いを解く方法を探そう。新しい居場所を一緒に見つけよう」
 それが俺の思う幸福。
 先が見えないとか、いずれ辿り着く最果てには悲劇しか待っていないとか、そんなの今はどうだっていい。明日、一緒に生きていようって、そういうことだ。
「おまえが俺を真実と信じたように、俺もおまえを信じる」
 レイが微笑みながら頷いた。
 轟音、崩落、爆発。
 いよいよまずい。メサイアの崩壊が本格的に始まったらしく、コントロールルームもあちこちで炎を吹き、派手に崩れて行く。
「君たちも早く脱出を! ここはもう限界だっ」
 議長を背に負ったキラ・ヤマトが、揺れの中を走って来る。俺たちの横を通りすぎさま、そのまま行くのかと思ったら、足を止めてレイを振り返った。
「…君も僕も他の誰とも違わない、ただの一人の人間、そして唯一の存在なんだよ。それをこれからも忘れないで」
 戦うこと、やめちゃいけない…と、キラ・ヤマトはレイにそう言った。
 俺は彼を見上げてぽかんとしてたけど、レイはわかったとでもいうように、微かな笑顔を返していた。
「議長のことは僕が責任を持つから、早く」
 キラ・ヤマトは俺たちを急かし、そして行ってしまった。
 レイは額がばっくりと裂けていた。コックピットにあった血だまりの元凶はこれだったんだ。今はそうでもないけど、かなり出血したらしい。他に気を取られていた俺は、顔の中心に流血の線が垂れていることに、今の今まで気がつかなかった。
 そんなわけで、肉体的疲弊に精神的ショックも加わり、貧血状態のレイはふらふらだ。自力で走れそうになかったから、負ぶってやると言ったら、にべもなく断られた。
「こんなときなのに。かわいくねー」
「うるさい。それより肩を貸せ」
「もう命令すんの…」
「早く」
 言っておくが、この時点でもまだレイの目からは涙が流れっぱなしだ。
 レイの右腕を首にかけ、体を支えて立ち上がりながら、なんだか懐かしい感じだと思う。この有無を言わさぬ、上から命令口調の俺様なレイ。俺、もう降りていいのかな。偉そうなこと言わなきゃいけないお兄ちゃん役から。
 左脇へ手をやった瞬間、レイが呻いた。構わず走り出したけど、いちおう聞いておいた。
「どうしたんだ? どっか痛むの?」
「…肋骨を二本ほど傷めた」
「さっきのあいつ、フリーダムのパイロットだろ? こっぴどくやられちゃったんだね、レジェンド」
「……そういうおまえはどうなんだ。ジャスティスに勝てたのか」
 ムッとしたレイに逆に返され、俺まで顔に不愉快の文字を浮かべることになった。
「勝てたわけないじゃん…負けた。負けました」
「ふん。腑甲斐ない」
 なにをぉ? デスティニーは動くだけマシってもんだろ。どさくさに紛れて、俺の左手がレイの脇をどついた。
「うっ」
「痛い、痛い?」
 レイは口を真一文字に結んで、痛みを堪えている。楽しげに尋ねる俺を、恨めしそうに睨みつけた。
「痛いって言えば?」
「……痛い」
 例え激痛を抱えても、痛いと決して口にしなかったレイが、ぽつりと吐いた。
「うん。それが正直で良いんじゃない? 俺の前で無理も我慢もしなくっていいんだよ」
 崩落によって行く手が塞がれていないことを祈りながら、来た道を戻る。
 議長と、レイの夢の跡。数時間前まで、あんなに美しかった要塞も、今は跡形も無かった。
 何かを考え込んだっきり、一言も発さなくなったレイが、もうハンガーも見えるという所で口を開いた。
 急に、前触れもなく、俺への…その、想いを告げられた。
 あんまり突然で、状況が状況だし、内容が内容だけに、聞こえたくせに聞かなかったことにしたくて、白々しく聞き直したぐらいだ。
 レイは勝ち誇ったように、堂々と同じ文句を繰り返した。
「なんでおまえはそう、ストレートに…も、もっと意味をぼかして言えよ!」
「意味をぼかして言っては意味がないだろう?」
 俺の顔が、真綿が水を吸い上げるがごとく、真っ赤に染まっていくのがおもしろいんだろう、レイは完全にからかってる。肩を貸しているので、当然お互いの顔は接近している。レイは顔を寄せ、耳もとでまた囁く。
 意地の悪い…
 俺は口を歪めて、嬉しそうに微笑を輝かせるレイを見ていたけど。
「でも、それって過去にあるものではないよね。現在から未来に続くものだよね。明日もそこにあるものだよね……」
「ああ…過去を振り返らなくても、明日もまた出会える」
 触れるだけのキスで返した。
 起動不能のレジェンドはメサイアと運命をともに。レイをデスティニーへ収容して脱出した。
 デスティニーのコックピットから、メサイアが爆発を繰り返し、数え切れないほどの光に変わりながら果て行くのを、レイと並んで見ていた。
 物が滅びるその時は、どうしてこうも美しいのだろう。
 確かに美しいけど、でも、悲しい。

 昨日失くしたものは悲しくても、その分、明日得るものがある。
 いつかそう言えるようになりたい。

 明日は、昨日とは別の道すじを通る。




 ROUTE:LIVE  「this world」






 THE END. 
 (051031)



  POSTSCRIPT

・まともな段階を踏んでいたら、最終的には主人公としてここに行き着いたであろうシン。
・レイを生かしたところで、この後どれくらいレイは生きられたんだろう。二人はどのくらい一緒にいられたんだろう。
・これでいいやら悪いやら……シンとレイはこれでしあわせですか。
・イメージ補完としてはラルクの「TRUST」。終盤あたりは「星空」。(「AWAKE」収録)


posted by 百武 晶 at 20:33| Comment(0) | SEED-D小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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