2005年11月24日

ミネルバ逃げ水2-3「シン、部屋出ちゅう」



ミネルバをでっかい家と考えると、要は家庭内別居みたいなもんですよ。
なんか楽しそうだな。
シンはまだキレてません。バカなことを考えてます。
レイと別居してなにがいちばん困るか。
だってシンは16歳ですもの。

なんとなく16禁になったので、追記。堂々と表にさらせないだけだけど。
16禁指定なのに、その原因が16歳の思考ってのはいいんだろうか。

16禁です。無断転載複写等は厳禁です。




 その頃。ルナマリアに「犯罪者の顔だ」と評された当の本人は、眉間にシワをざっくり3本刻んで、その通りの険悪極まりない人相のまま、行く当てもなく艦内をうろついていた。
 行く当てはない。だが、目的はとりあえずあった。MSシミュレーターの対戦相手として白羽の矢を立てたフェイスの隊長を探しているのだ。なにかと溜まった鬱憤を戦闘訓練で散らそうという魂胆だ。
 しかし、インターミッションにこれまでアスランが捕まったためしはない。勤務時間が終わると、いずこかへ姿を消すからだ。それは、明らかに厄介な部下であるシンを避けての逃亡だったが、平時、用があるわけでも、親交を深めたい意向もないシンにしてみればどうでもいいことだった。
 自分の都合でアスランに用がある、などというのも無理繰りねじ込んだ突発イベントみたいなもんで、そうそうあることでもない。また、部屋に籠っているのかと、ひとしきりドアを蹴ってみたが、いないようだった。喚いているところを警備員に羽交い締めにされ、二人がかりでフロアから追い出されてきたばかりだ。艦内にて迷惑行為をしてはいけないのである。たとえエリートの赤服であろうと。
「あんにゃろ、どこ行きやがったぁぁ」
 と、歯噛みするシン。
 アスランは呼び出したメイリンと呑気にお茶を飲みながら談笑している最中だ、という事実を知ったら軽く暴動の一つも起こしそうだった。
 偶然、通りすがりの乗組員とシンの目が合った。すると、相手は蛇に睨まれた蛙のように竦み上がって顔を強ばらせた。そこでうっかり足を止めてしまったのが彼の不幸だった。染みついた条件反射というやつで、睨み返すシン。どうにかこうにか、目を反らすことに成功したらしい乗組員は、顔色の失せた顔で必要ないのに謝ると、走って逃げた。陸上選手並みのスタートダッシュだった。
「廊下走んなよ、廊下はぁ」
 人のことをなんだと思っているのか。鬼か悪魔か殺人犯か? 逃走する乗組員の背を苦々しげに見送りながら、さらにイライラを増幅させるシンだった。
 あと一歩でイライラから殺気にまで昇華するだろう、悪性腫瘍のような不機嫌の元凶は、言わずもがな、レイだ。
 どうしてレイは謝りにこないんだ。
 不満がぐるぐると頭を周回する。
 家出ならぬ部屋出をしてから、今日で何日になる。一週間はとっくに過ぎた。もしかして、もうすぐ十日になろうとしているのではないか。
 問題が起こって、シンがヘソを曲げて、拗ねて、意地を張り、離れようとすると、レイはいつもすぐに追ってきてくれたのだが、今度はそれがない。居場所なら、ヴィーノを締め上げれば済むことだ。簡単に割れる。でも、一度も訪ねてきた形跡がない。
 シンの歩みを進める速度が急に落ち、やがて停止した。足が前に出ない。
 照明の映り込んだ床に、目を落としてふと考える。
 やっぱり勝てないんじゃないか。
 自分とギルバート・デュランダルを天秤にかけたとして、レイはデュランダルの方を取るのだ。自分は捨てられるのだ。
 そういう、飛躍した結論めいたものに思い至る時、シンの中で不安や消極的な思いを押しのけて、炎が燃え上がる。温度があるようで、ないような、どす黒い火の手だ。それを鎮火させる術を、シンは持たない。小康状態を保つか徐々に燃え広がるのを放っておくしかないのだ。
 きっと、オレはレイの……にはなれない。
 ……?
 ……ってなんだろ。オレは、レイの何になりたいんだろうか。
 どうでもいいか。どうせ考えたって出ない答えだ。いい年してギルギル言ってるやつなんか、知るもんか。こうなったら、絶対、謝らせてやる。こっちから折れてなるものか。自分のことは棚に上げておいて、シンは相手を責めた。いつまでも治らない、治す気がない悪癖である。
 そう決心を固めつつも、シンの決意の脆いことといったらないのだ。本当の所、今すぐにでも部屋に帰ってレイに泣きつきたいのだ。ごめんなさいと言って、ぎゅっと抱き締めてもらいたいのだ。
 それが出来ないのが、シンの悲しいところである。募る寂しさをどうしようもなく、状態を悪化させた揚げ句に、自分で自分の首を絞めてしまうのだ。
「あーもう、イライラするっ!」
 一声唸ったシンは頭を振り回し、通行人とぶつかったら「事故」になるような、荒々しい歩調で歩き出す。
 とはいえ、シン自身がそうなれずとも、時間と肉体の方はどうやら素直なようで。差し迫った事情は、レイと話せないストレスや、それに伴う睡眠不足のせいばかりではなかった。
 シンは、精神面はともかくとして、身体の方は至って健全な齢十六の男子なのだ。それを失念していた。意地を張ったことが裏目に出た主な敗因はそこだった。
 レイが恋しくて、恋しくてたまらない。
 嘘をつきたがる心のまだるっこしい要求より、嘘をつけない肉体の欲求は直接的で、有無を言わさぬ力があり、強烈だ。
「あんたねぇ! イライラしすぎ。アテがないなら自分で抜きなさいよ! できんでしょ、そのくらい!」
 昨日だったか今日だったか、あまりの見苦しさに目も当てられなくなったらしいルナマリアが、ありていにそう言ったのだが。
 シンの返答は、ばか正直にこうだった。
「い、いやだ。死んでも自分でやるもんか」
「バッカじゃない。思春期の欲求に抗えるとでも思ってんのかしら! 早くラクになりなさいよ。周りだって迷惑だわ、そのまんまじゃあ」」
「うっさいな、もう。性欲処理がどうって問題じゃないんだ。負けてたまるもんか。男の沽券に関わる」
「股間でしょ」
 ルナマリアの無遠慮かつ、冷めた視線がシンのそこを突き刺した。瞬間的に、シンは股座を両手で覆い隠し、今にも噛みつきそうな目でルナマリアを睨み上げた。
「見んな、バカ! イクならレイの口の中でイッてやる。もう決めた」
「ああそう。自滅しなきゃーいいけどね」
 下ネタにも終始、顔色を変えないで応対する度量を、シンには、母の胎内に羞恥心というものを捨てて生まれてきたんだ、と思われているのを知ってか知らずか。なんとも言い難い表情で、ルナマリアはため息を吐いた。
 三日と空けず肌を重ねていたのが、ぷっつり途切れると、影響は覿面だった。
 シンは指を折って数えてみる。レイと何日交わっていないかを。しかし、日付感覚の薄い艦上での生活では、それすらはっきりしない。
 ディオキアでごたごたしたから、最後にやったのはディオキアに入る前ということになる。十日かそれ以上だ。アカデミー卒業後、インパルスのテストパイロット期間を経て、再び合流するまで離れ離れだった数ヶ月以来の危機である。
 関係を結ぶのは、レイに求められるから、仕方なく応じていただけだと思っていた。
 自ら望んでの行為ではなく、快楽はただの付属品で、おまけだった。レイの興味が自分から失われなければいい。あんなの、気持ち良くっても、ぜんぜん好きじゃないと。
 なんだか、自分に裏切られた気分。
 それと相まって、罪悪感がシンの胸を重くする。行為の後にじわじわと浮き上がってくるあの感覚と似ている。
 心は苦しい。
 体も苦しい。
 レイが内側からも外側からも、オレを苦しめる。
 でも、苦しみを打ち消し、救いを与えるのもまた、レイである。
 自分自身のなにもかもをさらけ出すのは、相手がレイであることに意味があるからだ。
 そもそも、凍りついて、半ば死んでいたような機能を、好きに熱で溶かし、目を覚まさせたのはレイなのだから、責任はレイが取るべきだ。今さら管理義務を放棄し、オレを放置するとはどういう了見であろう。
 シンは自己管理能力に著しく欠ける。経緯は省くが、面倒な処理はずっとレイに任せっきりだったので、自分で手を下すというのは大層気が引けるのだ。惨めな気分をこれ以上味わうくらいなら、我慢する。我慢は得意だ。
 レイの口腔の心地良さを、熱さ、滑らかさを思い出すと、背筋を羽根で撫で上げられたような、えも言われぬ何かが這った。そのとき、シンは、通路の突き当たりを曲がり切れずに、壁に激突した。額をしたたか打ち付け、その場にしゃがみ込んで呻く。
「あうっ……あうううう」
 ここ数日のシンの思考は八割方そんな妄想に占領されつつある。
 頭の中はそればかり。
 通路を折れた先では、エースの失態を目の当たりにしていた女性乗組員の三人連れが、訝しい表情を並べてひそひそやっていた。

 アスランはやはり捕まらなかった。この日の夕飯は、時間が合ったので、ヨウランとヴィーノとメニューの充実した大食堂で取ることになった。シンは人の大勢集まる場所が好きではなかったが、そんなことも言っていられない。四人掛けのテーブルにシンとヴィーノが並んで座り、その反対側にヨウランが座っている。ちらちらと、他の乗組員にチラ見されるのを気にしていない体で、左隣のヴィーノのおしゃべりを話半分に聞きながら、シンは黙々と夕げにありついていた。
「…そんでさ、黒いシッポが床に垂れてるのを発見したヨッきゅんは、これだ! と思って手を伸ばしたんだって。むんずと掴んだ瞬間に、なんか変だなとは思ったらしーんだ。手応えが、生き物にしてはやけに無機的だ。そりゃそーだ、だって、わんこだと思ったシッポは、ネコミミシッポのコスプレ女の装備の一部だったんだもん。で、痴漢と間違われて、弁解する余地もなく、ネコミミ女の正義の鉄拳をアゴに食らって気絶しちゃったんだ。哀れなヨッきゅん、間抜けなヨッきゅん、おもしろヨッきゅん!!」
 あひゃひゃ、とヴィーノは甲高い声で、同僚の身に起こった可哀相な出来事を、明後日まで笑い飛ばした。
 その後、気絶したヨッきゅんと呼ばれた同僚は、医務室に担ぎ込まれたのだが、それをヴィーノは見舞ってきたのだった。当人の具合を心配してなのか、それともネタ収集の為なのかは非常にあやしいところだ。
「ククク…いや、お笑い体質は健在だなぁ。巻き込まれ型の。犬を探してあいつはどこに紛れ込んでんの、どこに」
 パンをちぎりながら、ヨウランが苦笑する。
「ん、なんか、コスプレのミニ撮影会だって。シッポ掴んで辺りを見回したら、ネコミミがいっぱいいたんだッ! って言ってた。いつも行かないエリアにうっかり行くと見知らぬ恐怖がいっぱいだとも愚痴ってたヨ」
「まだ起き上がれないんなら、夕メシ持ってってやれよ。世話になってんだから、おまえは」
「そー申し出たんだけど、いらないって言われた。点滴で済ますだってさー。情けねーよなぁ、身長180越えのクセにさぁ」
「身長関係ねーだろうよ」
「いーや、あるね。男の威厳とエラさは身長で決まるンだ! オレの扱いが軽いのは、ひとえに背がちびっこいのが原因なんだ。あーあ、背が伸びたいぃ、おっきくなりたいぃ。なァ、アス子ぉ」
「え?」
 急に話を振られて、準備のないシンはきょとんとした顔で、ヴィーノとヨウランを交互に見やった。二人の会話は、ぼんやりとしか耳に入れていない。食べることに没頭中。この時点ではまだ、持ち込まれた犬が逃げ出し、ヨウランたちが探し回っていたことも脳内で消化できておらず、情報を繋げられずにいた。まさか、その犬がレイの元にいるなどとは、知るはずもない。
「…えーあー、身長? また言ってんの。一緒にすんなよ、森の小動物のくせに。オレはまだ伸びるし、言っておくが、チビの枠のなかには入らないんだからな! 遺伝子の出来が違うんだ、遺伝子の」
「うがー、こんにゃろー! 入ったトキはおんなじくらいだったのに、一人だけおっきくなりやがってぇ、この裏切り者ぉぉ。おまえなんか抜け忍になって刺客に狙われる人生を歩んじゃえ!」
「うっせ」
 ヴィーノは、身長が160センチそこそこしかない。チビだ。アカデミーに入りたての頃は、そう変わらなかったのに、在学中にシンだけが爆発的とまではいかないものの、標準的な成長を遂げたことを、裏切り行為だと言いたいのだ。
 殴られて卒倒した同僚と同じく、すらりとした長身のヨウランは、すぐに背のことでやっかむヴィーノを宥めやるのもそこそこに、シンの額が赤くなっているのを目ざとく発見して、指摘した。
「ああ…、これ? 考え事しながら歩いてたら、壁にぶつけた」
 シンは、うっとおしいまでに伸びた前髪をかき分け、自分の額を撫でた。若干、赤らんでいるだけで、痛みはない。
「ここにもいたね、天然のお笑い体質が。どーせ、レイレイのこと考えてたんだろ。いいなぁ、オレも狙わないでウケが取れるように、体質改善したーい」
 ヴィーノが、茶化すようにシンに顔を寄せ、にやりと笑った。
「だ、ま、れ!」
 シンが、うざいとばかりに接近したヴィーノの顔を両手で向こうに押しやり、さらに身を乗り出して、力ずくで頬がベンチに擦るまで押さえ付ける。
「暴力はんたい、暴力はんたいぃぃ」
 ヴィーノが、ベンチをばしばし叩いた。
「冷やしたほうが良くないか? あとで、氷水もらってきてやろうか」
 シンとヴィーノがじゃれ合うのは毎度おなじみの光景なので、慣れっこのヨウランは何事もなかったかのように話を続ける。精神状態に波のあるシンも、ヴィーノの調子に乗っていられるうちはまだ元気だということだ。
「え、いーよ。いつものことだし…」
 ヨウランの声に、シンはヴィーノから手を離し、大人しく座り直した。親切な気遣いに対し、嬉しそうにはにかんでみせる。
「あーまッ! 構いすぎ、甘やかしすぎ。シンばっか、シンばっか! 今ここで凄惨な殺人行為が行われようとしてたのに!」
 ヴィーノが猛烈に抗議をしながら身を起こしたが、ヨウランは知らん顔で今日も平和だ、とうそぶいた。それを見るや、リスみたいに口にフレンチポテトを詰め込んでむくれるヴィーノだった。
「女に殴られたくらいで起き上がれないなんて、よっぽど心的ショックが深かったのかな? ヨッきゅんは」
 シンが、ヨウランを見てつぶやいた。ヨウランは一寸考え、ヴィーノに視線を回す。
「ちげーよ。ヤツは、医務室の看護師と仲良くなりたいんだ」
「…ふーん」
 シンは興味なさげに、それでもいちおう誰? と聞いてみた。医務室には不本意ながらよく通う身なので、顔見知りの看護師がいないわけではなかったからだ。
 ヨッきゅんのことはそれなりに。アカデミーではヴィーノのルームメイトを務め抜いた功績があるので、その頃から知っている。シンが、ヴィーノが命名したあだ名で彼を呼ぶのは、特段親しいからではなく、本名を覚える気がないことにゆえんする。
「メイリンがつるんでる、あいつ」
「ホナ? まじで?」
 シンが声を大きくした。知ってる顔だった。
「かもしれん」
「へーえ…そんなことになってたのか。ふーん…いいこと聞いたなぁ」
 一方は整備班、もう一方は医務室。シンにとって、どちらも関わり合いの深いポジションにいる人間である。今後融通を利かせるのに便利な材料を得たとばかりに、喜々とした様子でライスの山にフォークを突き刺す。
「あーあ、言っちゃったよ……」
 ヨウランは、フォークに乗ったライスがシンの口に消えていくのを見ながら、同僚の恋の行方を思ってため息を吐いた。
 シンの大皿に盛られたライスの量は、半端ではなかった。おかわりに立つのが面倒なので、一度にそれだけ盛ってくるのだが、てんこ盛り、かるく二合はありそうな量である。そこに、シャケフレークだの、岩のりだの、ごま昆布だのを添え、味をかえながら食べまくる。定額制の食べ放題をいいことに、トレイからはみ出すほど乗せた単品おかずは、一汁三菜のルールをまるで無視している。
 シンの胃は、そのキャパと頑丈さがアナコンダ並みだ。そうでなければ、食道が宇宙空間か霊界にでも通じているのだ。ヴィーノあたりはそう踏んでいた。
「今日も、むだによく食うな。高燃費っぷりを、まざまざと露呈するのか、ミネルバのエースが」
 シンが食うのを見て、ヴィーノは、胃酸過多を錯覚していた。自分まで同じだけ食べたような気になったらしい。
「燃費は悪くない。超ハイスペックなだけ。体の構造が!」
「見てるだけで胸焼けすんよ」
 と、ヴィーノがほとんど手をつけないまま、フォークを置こうとする。ヨウランが目を光らせ、小言をぶつけると、しぶしぶ食事を再開させた。ここで駄々をこねると、給食を時間内で食べ切れず、居残りさせられる小学生みたいな状態になるので、これだけは食えと示されたものをおとなしく食べるのが最善である。
 ヴィーノが食事を摂る行為そのものを嫌がるのは、シンにしてみれば不可解なことだった。だから成長が止まるんだと、ヨウランが嘆くのを幾度聞いたことか。なにせ、
「オレは、目下、食べることぐらいしか楽しみがないんだ」
 ヒレステーキを二切れいっぺんに口に運び、もさもさと咀嚼した。どこか、いまいましげなその様子を、二人が無言で見つめやった。やや、間を置いてから、
「あれから十日ほど経つけど。まだ、部屋に帰んないの? シンちゃん」
 ヨウランが、咎めるでもなく、何気ない調子で問うた。彼の、あたたかで優しい声に心配されては、シンも無下にするわけにもいかない。シンとレイの間を引っかき回して遊ぶヴィーノとは違って、ヨウランはなるたけ上手く事が運ぶように気を回してくれるのだから。
「帰らない」
「がんばるねぇ…」
「そうだ。姐さんも心配してたゾ」
 昼間、犬の捜索途中に出くわしたことを思い出したヴィーノが言った。ついでに、シンの皿に色鮮やかなアスパラをせっせと投げ込む。
「ルナが? ふん。どーせあいつが心配してんのは、オレじゃなくって、ミネルバの未来とかだろ」
 シンは、憤慨しながら、不法投棄されたアスパラをヴィーノの皿にまとめて送り返した。
「そのとーり。おまえらの仲が険悪だと、沈むかも知れないんだってぇ、ミネルバ」
 ヴィーノがおもしろがって言うと、シンがむっとした表情をした。
「ヴィー、不吉なこと言うなよ。沈まないから。それより、部屋出のそもそもの原因は、ディオキアの件なんだろ? 口論にでもなって、収集つかなくなったのか」
 シンは訳を事細かに話したりはしなかったから、少しずつ探りを入れるヨウランなのだが、だいたい想像はつくというものだ。
「なんも。レイは、なんも聞かないし、なんも怒らなかった」
「なんも!?」
 ヨウランとヴィーノのすっとんきょうな声がシンクロした。この二人の場合、ホーク姉妹と違って、赤の他人同士であるのに、難なく呼吸を合わせる。裏でネタ合わせに余念のない中堅芸人のようだ、と目の当たりにするたびに、シンは思っていた。
「ますますあれだな…レイくんのデッドラインってどのへんなんだろ」
「ねーんじゃね?」
 ヨウランがもはや脱帽したように感想を漏らし、ヴィーノが的を射たことを言った。
 デッドラインとは、そこを侵すと平静を保つ保証がない、感情の死線ともいうべき区切りのことだ。簡単にいうと、キレる、だ。
 相談したわけでもないのに、ヨウランとヴィーノは揃ってディオキアでシンがやらかしたことを思い浮かべていた。
「オレは、あやまりたかったのに…」
 ぽそり、うつむいたシンがつぶやいた。嘘ではない。レイにあやまった上で、デュランダル議長のことについて責めようと思っていたのである。レイが弁解を避けたがる唯一といっていい事柄だった。シンだって、あえて聞きたいことではない。
「件の出来事について触れてもらえなかったから、叶わなかったわけね」
 シンはきっかけを与えてもらわなければ、自分から謝るなどという真似はとても出来ないだろう。頭の良いレイが、それを知らぬはずもない。その機会を作らなかったのはなぜか、そこまではヨウランも計りかねているようだ。
「レイは強いから、オレを怒ったり責めたりしなくっても平気なんだよ。ぜんぶ自己解決で丸く収まるんだ。オレばっか、気持ち乱して、ひとりで右往左往してバカみたいだ」
「まぁ、将来の将官候補だからな。そういう面は否定できないね」
「レイレイに人間味とか人情とか要求するほうがムリな話だと思うなぁ」
 そこが面白みだとヴィーノは取っているのだが、レイをけなされたと思ったシンは、白眼を向けた。向けただけで、レイはそんなに冷たい人間ではない、と訂正するまで気持ちが至らない。ヴィーノは、殺傷能力か呪い効果を備えるともっぱらの噂の、シンの鋭い視線にさらされ、小さい悲鳴を上げて口を歪めた。
「オレなんも悪くない、オレのせいじゃない。悪いのは、レイだ!」
 シンはうつむき加減の顔に薄暗い影を落として、お決まりの文句を口走った。
 まずい雰囲気だ。また、ヤケを起こしそうな。
「シン、まぁ、ほら、レイくんもそろそろ寂しがってるかも知れないし…」
「オレ、溜まってるんだ。欲求不満なんだっ」
「えええぇー!」
「レイとやりたいんだ、やりたい、やりたいのに!」
 シンは、残りの肉にフォークを何度も突き刺して、あらぬ願望を訴えた。火の通り加減も良く、切り口の色味が美しい肉から、無駄に肉汁が溢れ出した。
「食事中にエロ発言禁止! ギャーギャー言っても、行き着くのはそこかよ、単純バカじゃん。ヘンタイ、ヘンタイ! 殿、こいつにも注意勧告しろよっ、不適切発言だぞ!」
 ヴィーノが目くじらをたててわめいた。
「うーーーん……」
 こればっかりは、ヨウランも困惑して苦笑するしかない。
 ヴィーノに言い返すかと思われたシンが、おもむろに席を立った。フォークをくわえたままテーブルを回って、ヨウランの隣りに腰を下ろす。フォークを手に持ち替えると、無造作にヨウランの胸へしなだれかかった。
「ねーーえ、オレ、独り寝がさびしーんだよぉ。今晩、ヨウランのベッドに入れてよ」
 緑の制服に頬を擦り寄せ、ころりと甘えたな声色に変えて、そんなことを言い始めた。
 攻撃性を潜ませて、素の状態に近いシンは、どちらかというとかわいげが先に立って見える類いだ。もともと、色白で体の線が細く、男性を感じさせる要素は少ないし、顔の作り自体は可愛らしい。険悪に表情を歪めている方が、本来は不自然なのである。
 シンのいけないところは、それを既に学習してしまっているところだった。
「いや、俺らは赤と違って四人部屋だしさっ!」
 そんなことは問題ではなかったが、何を血迷ったのか、ヨウランは声を上ずらせた。負のオーラを発生させ、人目を欺くかのように覆い隠しているその正体を、知っているので、こうなる。
「だいじょうぶ。オレ、自分の身は自分で守れるから、襲われても返り討ちにする自信はあるよ。心配しないで」
 大丈夫じゃない。朝になって同僚の流血死体が部屋に転がっている、危ぶまれるのはそっちの方である。いや、違う、そういう問題でもないではないか。
「ねーいーでしょー、お願いだよぉー」
 シンの柔らかな黒髪が、ヨウランの喉元をくすぐると同時に、容赦なく理性を攻撃した。
「えー、ちょっと、俺、今、誘惑されてんの、誘惑っ」
 硬直した胸で身悶えされ、これっぽっちもシンを受け止め切れずにいるヨウランだった。
 腐れ縁の有り様を、ヴィーノが白けた目で見ていた。左手は頬杖を、フォークを握った右手は、皿の上のつけあわせをいじっていた。
「アホくせっ…おまえら、落ちるとこまで落ちちゃえばいいよ。三つ巴でも四つ巴にでもなって、とことんまでややこしくなればいいんだ」
 言って、口に放り込んだのは、ヴィーノの大嫌いなにんじんのグラッセだったが、それとは知らずにかみ砕いて、喉を通してから、ようやっと気付いたらしく、慌てて水の入ったコップに手を伸ばしていた。


<つづく>

その頃のレイくん…部屋でわんこと思う存分たわむれております。エサ調理のために厨房から人が消えるのを見計らいつつ。
ヨウランの名誉のために言っておくと、彼はストレートです。たぶん。(笑
(051124)

posted by 百武 晶 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ミネルバ逃げ水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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